多彩なシグナルによる細胞機能の解明

■ 神経形態の極性形成

神経細胞は複数の突起を持ちます。突起が発達すると、樹状突起と長い軸索といった極性のある形になります。神経極性を生む分子shootin1を中心に、極性形成の原理を数理的に解明しました。(Toriyama, et al, Mol Syst Biol, 2010)




神経細胞(左)と定量数理モデル(右)

人がつまずくのは、意図どおりの行動ではありません(お笑い志向でない限り)。力学的要因が、脳の指示どおりの行動をさせないためです。逆に、力学要素をうまく利用すれば、能力以上の運動ができます。


同じように細胞も力学的作用を受けて行動するはずです。ゆえに、顕微鏡で観察される細胞運動は、

  • 分子シグナル(=細胞の意図)が必ずしも運動に変換されていない
  • 力学的要因による運動の制約または促進効果が反映されている

とみなすべきです。

私たちはこうした観点のもとでメカノバイオロジー研究を進めてきました。その中で、細胞の「シグナル伝達」の概念を変える必要がありました。一般的なシグナル伝達は、生化学反応、すなわち化学ポテンシャルの移行です。神経極性では、輸送によってshootin1が突起先端に濃縮すると、クラッチ機構により化学ポテンシャルが力学エネルギーへ変換されます(Toriyama et al, Curr Biol, 2013)。力学エネルギーは突起を伸長させ、細胞突起の弾性エネルギーに変換されます。そして、突起の伸長はshootin1の濃縮の維持に寄与します。このように、極性形成は分子が最終決定をした結果ではなく、様々なタイプのシグナルによる「伝達ループ」の一側面とみなせます。





神経突起というソフトマターが変化するには力が必ず必要。力を生むエネルギーは分子からもらっているはず。細胞形状の変化は細胞内分子の動態を変化させるはず。

この発想は新しいわけでも奇抜でもありません。1952年にHodgkinとHuxleyが既に表現しています。彼らは、神経の活動電位発生がイオンチャネルと膜電位による相互作用の一側面として解明しました。イオンチャネルが全ての制御権を持ち、上意下達で膜電位変化を決定・実現しているわけではありません。HodgkinとHuxleyのように分子本位制から離れた視点で見ると、複雑な現象が意外とシンプルに見えるかもしれません。

細胞が様々な刺激に応答するという事実は、細胞が扱う情報は分子だけに限らないことを示します。また、研究者が注目する「細胞機能」は、俯瞰的に見れば細胞にとってもっと大きなプロセスの素過程に過ぎない可能性もあります。

■ 形態形成のための細胞骨格の制御

私達の体に骨があるように、細胞にも骨格があります。細胞はその骨格を自由に変形することができます。私たちは、細胞骨格制御の主な分子であるRhoファミリー低分子量Gタンパク質(Cdc42/Rac1/RhoA)の活性データと細胞の動きを解析することで、細胞形態制御の原理の解明を目指しています。

Gタンパク質の生化学的役割については多くのことが分かってきていますが、いざ細胞形態との関係になると、不明な点が多々あります。これを調べるためには、Gタンパク質活性と形態変化の原因と結果を明確にする必要があります。私たちは新規の解析手法を導入して分子と細胞形態の因果関係を解析しています。

■ 細胞運動のための力場制御

ケラトサイトという餃子のような形をした細胞は、基質を足場にして力を生まなければ餃子になれません。神経細胞も、基質から力を得なければ極性形成が困難です。つまり、細胞は骨格を変えても基質から力を得なければ形に反映できません。多細胞の形態形成と大きく異なるところです。私たちは、細胞の力を生み出すmyosinIIや牽引力のデータを解析することで、細胞運動の原理解明を目指しています。